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―質問が三つあります。

窓を閉めた教室は、幾分かマシな寒さだった。
私は鏑木に質問する事にした。

強制的に、
有無を言わさず、
反論は却下するつもりで。

しかし、鏑木は特に抵抗する素振りすら見せず、
「いいですよ」と快く受けてくれた。
そのあまりの抵抗の無さに、ちょっとだけ私は面食らった。


私が質問した内容は以下の3つ。

質問①、あなたはどうしてここにいるのか?
質問②、あなたはどうして私の名前を知っているのか?
質問③、あなたは「冬遊び」という言葉に心当たりは無いか?

私が質問を提示し終わると、鏑木は成る程ねと一人頷いた。
眼鏡に手をやり、足を組んだ姿勢で彼は私の質問に応えてくれた。



―質問①に対する鏑木の回答

僕は一月前に手紙を受け取りました。
それは、差出人も住所も書いていない真っ白な封筒に入っていました。
内容は確か…、
制服を着て、二十三時半に高校三年の頃の僕のクラスの教室に来い、って所だったと記憶しています。
でも、おかしいな。
手紙には、他にもここに来るクラスメートの名前が書いてあったのですけど。
芹沢さんだけですか?
あともう一人の名前も書いてあったのですが…。


―質問②に対する鏑木の回答

ええ、最初は驚きましたよ。
だって、あの芹沢さんがこんなに変わってるなんて思いませんでしたからね。
男子三日会わざれば、なんて格言など及ばぬくらい、女性の外見変化は劇的ですよね。
でも、その首に巻かれた黒のチョーカー。
それを見て、ピンときましたよ。
それが当時の芹沢さんの目印みたいなものでしたからね。


―質問③に対する鏑木の回答

…「冬遊び」ですか。
ああ、ええ、当時女子の間で流行っていた遊びですね。
詳しくは知らないのですけど、
あれで結局クラスメートが一人亡くなってしまいましたから、印象には残っています。
不運な話ですよね。
早過ぎたとしか言いようがありません、まだ若かったのに…。
自殺なんて。
いくらなんでも、ね。
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知らない男が私の名前を呼んで、静かに微笑んでいた。
自信と確信に満ち溢れた落ち着いた笑顔。
誰にも拒絶された事がない人間特有の、親しみを感じさせる微笑。
その完璧な笑みが、私の記憶の何処かに引っ掛かっている。
しかし、上手く思い出せない。
彼は、一体…。


「誰ですか?」
私は開口一番、冷たい声で言い放った。
言葉にした途端、自分でもよくそんな冷たい声が出せるものだ、と驚いた。
そのぐらい私は『外』と接していなかったのだろう。
加減がいまいち認識出来ていない。

しかし、男は事務的な人間と話すことに慣れているのか、
それともただ単に、私の冷えた声など意識していないのか
そんな私の態度を軽くかわし、余裕を見せながら、
「…元クラスメート」と笑顔を崩さずに答えた。

あくまでも自分が優位に立ちたい。
そういうつもりなのだろうか。
嫌なヤツだ、と眉を顰める。
私はキッと彼を睨み付けた。

そんな私の脆弱な抵抗も、男の前には形無しだった。
彼は飄々と私の視線を受け流し微笑んだ。
つぃ、と眼鏡を持ち上げる仕草をして、
風を運ぶ窓に視線を向け、ゆっくりと口を開いた。

「…さっき、窓を見ていましたね」

男の言葉に頷き、私も同じように窓にフォーカスを合わせる。
「それが何か?」

「冷たい風です。何故お閉めにならないのか、と思いましてね」

「あなたの提示した条件では?」
私は軽く目を瞑り、またもや冷たい声で応じる。

え? と声があがった。
男が振り向き、驚いたように目を瞬いた。
「僕の? いや、どうして?」

その言葉に、今度は私が驚いた。
「あなたじゃない? だったらあなたは誰だって言うの?」

男は、私の疑問にああと応えて佇まいを直し、深く一礼した。
「どうも、ご挨拶が遅れまして。
元クラスメートの鏑木悠介と申します」

その名前は、
嘗ての記憶と照らし合わせてみても、
まったく聞いた事の無い名前だった。
「冬の零時に、冬遊びについて語りましょう。
日付はあのクラスだったのだから、必要ありませんね。
当時の制服だけを着てきて下さい。手袋やコート、マフラーは厳禁。
窓を開けて、嘗て貴女が座っていた席に座っていて下さい」


一ヶ月前に受け取った封書は、一方的にそれだけが書いてあった。
送り主の住所も名前も無い。
普段なら”悪戯”の一言で片付けてしまえる、あまりにも簡素な封書。

しかし、
私はその封書を読んで、硬直してしまった。
体中に電撃が走ったように感じた。
「冬遊び」、そのたった一単語が私の心に突き刺さって離れなかった。
深く、深く、私の記憶は暗闇に逆行していく。

―厭だッ
―やめて、助けてっ
―お願いだよ、杏子ちゃんっ!

上手く呼吸が出来ない。
喉が渇いて仕方が無かった。
どうして、今更、と頭の中で声がしていた。

母に呼ばれるまで、私は動けなかった。
不思議そうな母の顔を前に、ゆっくりと封書をポケットに仕舞う。
なんでもないと応えて、「お友達から」そう一言添えて私は何気ない振りをして部屋に戻った。

すぐに、ベッドの上に寝転ぶ。
そこで、私は初めて、
自分がいつのまにか震えていた事を認識した。

外が寒かったわけではない。
ただ、
怖かった。
どうしようもなく、怖かったのだ。
時刻は二十三時を過ぎた頃だろうか。
見回りの教師を隠れてやり過ごした時分には、辺りはすっかり暗闇だった。
椅子の上で身動ぎしながら、せめてセーターだけでも着てくるべきだったと一人後悔する。
冬用の制服の上には何も羽織っていなかった。
コートも、手袋も、マフラーすらも無い。
この時期の、ましてや夜を前にして制服一丁では拷問以外の何物でもないだろう。

わざわざ提示された条件をすべて呑む必要は無かったのではないか。
そう考え、自分の生真面目さに呆れてしまう。
しかし、私はいつでも生真面目さだけが取り柄だったのだ。
そう都合良く思い直して、震える腕枕の中にすっかり冷たくなった顔を埋める。
それでも、せめて窓だけでも閉めさせてもらいたいと、私は心の中で抗議する。
冷たい風を招き入れる窓を開けっ放しにしておく事も、提示された条件の一つだった。

ふいに、机特有の匂いが鼻先を掠めた。
懐かしい匂い。
今の私にはまったく無縁な、しかしだからこそ懐かしさをより一層近くに感じられる。

学校指定の制服に身を包んだ私は、ゆっくりと腕枕を解いて、ほぅと息を吐いた。
二年も前に学校を卒業した私が、今制服を着て教室で席についている。
遅過ぎるとしか言いようがない。
自分に向かって、なんで、どうして…、という思いが渦巻いてならない。
不意に呟きそうになった「今更」という言葉を喉元で呑み込んで、私は強く目を瞑った。

―私は悪くない、
―絶対に悪くないんだ!

そう何回も何十回も自分に言い聞かせてきたのに、
私はいつだって最後には嗚咽を堪えられなくなる。

その度に、
自分は弱い人間だ、と認識してしまう。
そして、その都度それに甘えてしまう。

だって仕方が無い。
私は弱い人間だもの。
強くなんてなれない。
何も出来ない。
でも、それは私の所為じゃない。
私は悪くない、
絶対に悪くないんだ!

ふっ、と自傷気味に笑みが零れた。
今にして、何故自分がこんな格好でここにいるのか。
こんな凍えるような寒い中何をしているのか。

しかし、私は一つの恐怖の下にここにいる。
それだけは確かである。

私は反射的に、冷たい風の入ってくる窓を見つめていた。
―いつだったろうか。

すべてが色褪せてしまった日は…
心の底から笑えなくなってしまった日は…。

そして、、、
冷めてしまった自分自身に気付いた日は…。

不安が胸を突き上げる。

私はどうしてしまったのだろう…?
いつ、こうなってしまったのだ…?

誰も分かってくれない、
気づいてすらくれない、
…この惨めでどうしようもないほどの私の不在感に。

ああ、神様…。
せめて、せめて、
私から意識だけでも奪って下さい。

私が何も考えなくなれるよう、
機械のように何も考えずに済むよう、
私の意識を奪って下さい。

もし、それが叶わないなら、
誰か、誰でもいいから
私ヲ殺シテクダサイ…。

私を殺して、永遠の闇に閉じ込めてください…。


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